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「火花」の芥川賞受賞は、文学史上の大きな事件である(第153回芥川賞受賞作と選評を読んで)

公開日: : 最終更新日:2016/02/26 おすすめ小説

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第153回芥川賞発表から約1ヶ月が経ち、受賞作と選評が掲載されている『文藝春秋』9月号の発刊からも10日が経ちました。

もう少し早く記事を書きたかったのですが、なかなか読む時間が取れず…。やっと全文に目を通し、今この記事を書いております。

今回の芥川賞は、又吉直樹氏の「火花」に注目が集まりました。単行本の「火花」も発行部数が200万部を超え、純文学作品としては異例の売り上げを記録しています。

この記事では、芥川賞を受賞した又吉直樹氏の「火花」と羽田圭介氏の「スクラップ・アンド・ビルド」に触れながら、特に「火花」に関することについて書いていきたいと思います。

個人的な「火花」、社会的な「スクラップ・アンド・ビルド」

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個人的に、小説(特に純文学)は二種類に分けることが可能だと考えています。「個人的」なものと、「社会的」なものです。

完全に「個人的」あるいは「社会的」な作品というのは想像しにくいのですが、どちらの色がより濃いかという判断はすることができます。

個人的な「火花」

そういう意味において、「火花」は非常に個人的な側面が強いなと思いました。売れないお笑い芸人の悲哀を描いたこの作品は、個人的な感傷と真実にスポットライトが当てられているように感じます。

それを端的に示すのが、作品中で先輩芸人の神谷が観客に暴言を吐いている以下の場面です。

相変わらず、もう一人の方は執拗に「地獄、地獄、地獄、地獄、地獄、地獄」と叫び続けていたのだけど、急に一点に眼を向けたまま、声も動きも停止させた。(中略)これが花火大会にいてこまされた僕たちの敵討ちならやめて貰いたいと思ったけれど、その人は満面の笑みを浮かべ、「楽しい地獄」と優しい声で囁き、「お嬢ちゃん、ごめんね」と続けた。もう僕は、その一言で、この人こそが真実なのだとわかった。

via:『文藝春秋』平成27年9月号 pp319-320

「この人こそが真実なのだと」わかったというときの「真実」は、この小説の主人公である徳永にとっての真実でしかありません。だからこそ、この小説は個人的だということができます。

ところが、読者である私たちに、この真実の片鱗を理解することができます。誰にとってもこの事象が真実ではないとしても、徳永にとってこれが真実である理由を、体感的に理解することができるでしょう。

こういう小説を書く文豪を、私は一人知っています。太宰治です。又吉氏が太宰好きという先入観もあったとは思いますが、この作品のバックボーンに私は強く太宰を感じました。

社会的な「スクラップ・アンド・ビルド」

対して、羽田氏の「スクラップ・アンド・ビルド」はどちらかといえば社会的な作品であるという印象を受けました。

これは、本作が「介護」という問題を扱っているところに理由があるでしょう。事象としては個人的なことを描いているけれど、それは「介護」という社会問題を考えさせられるように書かれていると私は感じました。

また、この小説の主人公が魅力的に映らなかったことにも、社会的である理由になりうるのかなと考えました。(ちなみに、主人公が魅力的でないことと小説の質は関係がありません)

選考委員の小川洋子氏は、「『スクラップ・アンド・ビルド』の評価は、幼稚な健斗をどれだけ受け入れられるかにかかっていた」と選評の中で述べています。

この「幼稚」という表現に、私はとても納得しました。「火花」の主人公は様々なことに考えを巡らせるのに対して、健斗はある一つの思想を抱き、それだけを信奉して突き進もうとします。

この極端な状況の設定が、社会的な小説を生む一つの要因であると私は考えています。我々は、健斗の「幼稚さ」を反面教師にしながら、何か違う道を探さなければならないでしょう。(あるいは、健斗の行き方を受け入れるというのも、一つの選択肢ではありますが)

又吉氏はこれからが勝負

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さて、今回の芥川賞受賞で最も大きな話題は、又吉氏が芸人史上初の芥川賞受賞作家であるということでしょう。

芥川賞候補の発表、あるいは受賞の発表後から又吉氏の受賞に対する様々な意見を見てきましたが、私の感想としては、「火花」は芥川賞受賞にふさわしい作品であったように思います。

過去の芥川賞受賞作品と比べて、というところもありますが、これはあくまで私の主観です。最近読んだ小説の中でも、五本の指に入るくらい面白かったです。

ただ、「火花」に関しては、選考委員の島田雅彦氏の選評が的を射ていると感じました。「火花」は「図らずも優れたエンターテインメント論に仕上がった」「コミュニケーション論にもなっている」と評価した上で、次のように述べています。

漫才二十本分くらいのネタでディティールを埋め尽くしてゆけば、読み応えのある小説が一本仕上がることを又吉は証明したことになるが、今回の「楽屋落ち」は一回しか使えない。

via:『文藝春秋』平成27年9月号 p298

又吉氏の「火花」は確かに面白いし、私も大好きな作品であります。しかし「火花」は、”芸人又吉”としての文脈が多分に感じられる作品でもあるのです

別にそれは悪いことではないし、又吉氏は確かな文章力も備えていると感じます。しかし、又吉氏の次の作品が果たして面白いだろうかという恐さもあるのです。私は、次回作も面白くあってほしいと思うのですが、どうなるかは予測がつきません。

今回の作品は、お笑い芸人がお笑い芸人を描いたところに面白さがあったのだと思います。次回もまたお笑い芸人を描くとして、この「火花」を超えられるのか。あるいは、題材をお笑い芸人以外にしたときに、良い作品が書けるのか。

そういうところに注目しながら、又吉氏の次回作を待ちたいと思います。次こそが、本当の勝負でしょう。

「火花」の芥川賞受賞は、文学史上の大きな事件

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作品や作家を離れて、今度は文学史的に「火花」が芥川賞を受賞したことについて考えていきたいと思います。

文学史上の大きな事件

まず間違いなく言えるのは、「火花」の受賞は文学史上で大きな事件になるということです。これには、「話題性」というものも大きく関わってきます。芥川賞で言うならば、石原慎太郎氏の「太陽の季節」、村上龍氏の「限りなく透明に近いブルー」、綿矢りさ氏の「蹴りたい背中」などの受賞が、文学史上の大きな事件だったと考えています。

「火花」は、文学の意味を大きく更新したと思います。芥川賞の選考委員は、一流の作家ばかりです。受賞に反対した委員もいますが、合議の結果「火花」の受賞が決定したのです。お笑い芸人が芥川賞を受賞したというのは、「文学」の大きな更新、あるいは拡張だということができるでしょう。

このような文学の更新、あるいは拡張はこれまでもずっと行われてきました。例えばエンタメ小説と純文学が融合した「中間小説」という言葉はもう50年以上前からありますし、最近は芥川賞候補にもなった舞城王太郎氏の作風が「ラノベと純文学の融合」などと言われることもしばしばです。

また、芥川賞作家である町田康氏や川上未映子氏は音楽が背景にありますし、芥川賞候補となった前田司郎氏や戌井昭人は、演劇から出てきた人たちです。

文学の死

ネットでは、又吉氏の受賞を受けて「文学は死んだ」という意見が散見されました。

しかし、文学はこうして延々の更新と拡張を続けているのです。もしかすると、又吉氏の受賞によってそれまでの文学にあった何かは死んだかもしれません。ところが、それは文学がこれからも生き続けるためには仕方のない死でしょう。

文学は死なないために、死に続ける必要があるのです。羽田氏の受賞作のタイトルを借りるならば、「スクラップ」と「ビルド」を続ける必要があります。

比較するのも違うとは思うのですが、又吉氏は、同じようにタレントで小説を書いた劇団ひとり氏、水嶋ヒロ氏、加藤シゲアキ氏が成し遂げられなかった芥川賞受賞という偉業を成し遂げました。ジャンルが違うということもあるでしょうが、これは立派な功績です。

今、又吉氏は「有名タレントが書いた小説は芥川賞なんて受賞できない」という常識的な考えをスクラップしました。そして、新たな文学をビルドすることにも成功したということができるでしょう。あとは、ここから先どんなビルドを見せてくれるのかというところに期待したいと思います。

まとめ

又吉氏についての話が多くなってしまいましたが、今回の芥川賞受賞作は二作品とも良い作品だったと思います。

「火花」も「スクラップ・アンド・ビルド」も、単行本で買うと税抜き1200円ですが、『文藝春秋』9月号はこの二作品に加えて選評や受賞者インタビューも掲載されて税抜き898円なので、文藝春秋を買う方がお得だと思います。(保存用には向かないと思いますが)

まだ読んでないという方は、ぜひ読んでみてくださいね!

文学の更なる発展を願って、これからもtaskey Uの更新を頑張っていきたいと思います。

 

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伊藤 祥太
伊藤 祥太
「よく読み、よく書く」をモットーに。小説執筆に役立つ記事を書いています。「無間書房」という文芸同人の代表をしています。

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